ふと自分がインターネットに触れた1990年代後半、時を同じくして自分の青春時代、そんな頃を思い出し、色々ネットでつらつらと検索してみたは良いのだが。
まずは自分がインターネットに触れたころの昔のブラウザということで、netscape navigator(スペル間違ってるかもしらん)なんてものがあったなと回顧。いかにも懐かしい。ヤフーをヤホーと本気で言っていたのもこの頃の最初期。isdn、テレホーダイ、icqなんてのも連想、回顧された。
ただ、それからの連想、回顧があまりよろしくない。余程感受性が強かったのだろうし、余程メンタルも弱く、余程興味もあったか、全体的に、余程悲しくなるような青春であったか。
老境に至りて、すぐさま正確に連想されたのは南条あや、ねこぢる、山田花子・・・あとはあんまり苦しかったんだろう、当時奇跡の薬と呼ばれたプロザックみたいなssri、あとは未遂や時効にしても公言するに憚られるいくつものことが想起、連想された。
恐らくインターネットに自分が初めて触れた当時、南条あやはまだこの世に生きていたろう。確かにリアルタイムで日記の更新を見ていた記憶があって、程なく彼女は自死したと記憶している。今も僅かにその時の感懐が少し残っていて、南条あやという言葉からは、まあ何しろとにかく切ない感情を覚えるし、当時はもっと、そうだったんだろう、そうだったような気がする。
普通に彼女は当事者であったし、当時はやれレキソタンの、やれレンドルミンの、と言われてもチンプンカンプン、言い方は不謹慎だが、半ばファッションで彼女の日記なり出てくる用語を捉えていたのだと思う。一抹の、シンパシーや、服薬で生きづらさが解消できるのなら、ということからの憧れも確かにあったと記憶している。
現在、メンタルヘルスの専門家と位置づけられるような資格を所持している自分の大元は、何といっても自分自身の苦しみに起因、発露されるものが大きいのは言うまでもないが、言って性向みたいな、南条あやのhpとかに触れていたのも影響大なのかもしれない、というか、確かにそうだ。
深く深く語ってもキリがないので、他、上記挙げたことについて簡単に感懐を。
共にガロ系の漫画家で、これも性向として好んでいたということもあるだろうが、矛盾するようだが、両者の漫画なんて、通常の精神状態では読めたものではない。要は、自分のその時の精神状態は、正常ではなかったんだろうと思う。ねこぢるのインド旅行記の一部をちょこっと読み返してみても、確かにどこかオカシイ。一言に”狂気”とかで片付けてしまうのも興が覚めるが、言い得て妙、というかそれぐらいしか言いようがない。でも、確かにオモロイ、というか興味深い。山田花子にしても、「うせやん」と思うばかりの超展開に圧倒されるが、圧倒されようがされまいが、山田花子という人物がそうであったのだからそれはそれであるものを認めるより他ない。
両者のご遺族の悲しみ、切なさ、やるせなさは如何ばかりか、自分なんかの想像に余りあるものがあるが、さりとて遺された者は死ぬという選択肢がなければ生きていかなければいけないので、その末席の末席である自分にとっても、両者の自死を”それなりに”受け止める必要があるんだと思う。
曰く、”ただのバカ”と言ってもそれはそれで認めざるを得ないだろうし、何か大切なモノを得たと言ってもそれはそれで、だろうし。
それで、上記に挙げたことに触れるというルール?を自分で作ってしまったので、触れると、プロザック。プロザックって、ssriという抗うつ薬で、日本語では”選択的セロトニン再取り込み阻害薬”と言うんだけれども、詳しい認可・承認とか全世界的な動向は知らないけれども、自分の知った1990年代後半から2000年代前半で言えば、ssriは新機軸の部類に属していたんだろうと思う。
奇跡の薬、ハッピードラッグ、アメリカ人の10人に1人が飲んでいるetc...そんな訳の分からない宣伝文句に引っかかるほど、当時の自分は藁をも縋る思いで苦しんでいたんだろう。宣伝、喧伝文句に加えて、あの特徴的というか独特というか、あのカラフルなカプセルがいかにも苦しみを取り除いてくれそうだ!とも思ったものだ。
実際の所、その当時のバカな自分は金が無いくせに個人輸入時の値段もあって、頓用的な使用方法だったから、効果としてはほぼ皆無、訳の分からないものとなったが、それ以後の自分の経験上、抗不安薬で対処できる範疇のものであれば、いくら苦しいからと言って、医師の指示なしに軽々に個人輸入などするものではないのだろう、という考えを持っている(少なくとも今現在はそう思っている)。
精神薬の個人輸入は、デパスその他もろもろ、規制されている現状にありつつも、プロザックなどは今なお個人輸入できるというのも驚きだが。
そろそろ自分の中でまとめに入らなければと思っているが、結論、インターネットを始めた頃、自分の青春を思い起こした時、今となっては自分でも意味の分からない感懐、ロジックが多いし、何より暗いし、基本的にはロクなものではないということだけははっきりと分かった。ただそれとて、自分の過ごした青春であったことは間違いがないし、懐かしさもあるし、さっき”自分でも意味の分からない”と言ったけど、実は意味の分かることも十分にあるし、これはこれで、まあ備忘録的には意味があるのかなとも思った。
ちょっと酔いと、加齢の影響もあるから文章が支離滅裂になったことは確かだが、定期的にこんなんも、別に言って死ぬ間際の老人ということでもないけれども、たまには良いのかな、ストレス発散になるのかな、とも思った。