カレー。

3個目の記事です、毎度!

って、つかみみたいになってますが、そんなつもりはないです。

 

2個目の記事書いてから、危うく”もういいかな”的なお茶目な感情がふつふつと湧き上がってきましたが、何とかこらえて今これを書いています。

 

アレですね、みなさんって、カレーは好きですか?

まあ大嫌いな人は少数だとは思うんですが、大体皆さん好きってことで話を進めます。

 

僕も好きです、以上です。

 

いや、いくらなんでもこりゃひどい。

もうちょっと真面目にやりますね。でも題材も考えてなかったので、カレーについて、口から出まかせでちょっと語ります。

 

(ここから)

自分はカレーには一家言ある方で、その一家言とやらの原因を考えてみると、大学卒業旅行で行ったインドにその原因があると自分では分析している。

 

ただ漫然と食べ続けてきたカレーが、インドではとんでもない変化に富み、それこそバリエーションで言えば無限のように感じたものだった。

 

何しろ食うカレー食うカレー、スパイスやハーブの種類も当然違えば味わいやヴィジュアルも同じカレーにカテゴライズされるものとは思えなかったが、共通しているのはそれらのどれもが「全然アリ」であって、一家言あるなどと言いながら、実はカレーとは何かという問いに答え得る何物も持ち得ていないというのが正直なところだ。

 

インド通じゃなくても、ちょっとした旅行好きにも笑われるかもしれないけれども、バラナシに行った際、月並みな表現しか表現力を持ち得ないが、燃え続ける火葬場、ガリガリの犬が咥えている人間の手・・・その一方黙々と沐浴をする人々・・・それらの光景を見て、何も思わずには居られなかった。何を思ったかについては、本当に残念ながら説明し得ない。生と死が混然としている光景なんてのは勿論これまで日本でお目にかかったことはなく、まあまあ、圧巻だけれども、結局それが日常なら、こちらの感覚も麻痺するのか、夢現のような状態、挙句これは平生などと、高々数時間の滞在で見慣れた光景のような気になるのも思い返せば非常に不思議な感覚だった。

 

話をカレーに戻そう。といって、また少し脱線するけども。

ガンジス川の沐浴を経て、何処へとなく歩き出し、ややあって、まあ、これも当地では何処にでもあるバングラッシー。即ち、マリファナのペースト入りのラッシー。これを折角来たのだからと、所望した。

 

まあまあ、人によって様々な精神的、心理的作用があるのはご存じの通りで、自分もそこは心得ていたつもりだったが、「効き」は存外、というか未開人が薬を服用するが如く、ドンピタの効果で、それも方向性としては良い?ことなのか、ほんのりとした多幸感。そして何よりえもいわれぬ空腹を感じたのだった。

 

実は件のラッシーを飲んでしばらくしてホテルに帰るまでの、正確で明確な記憶というものは定かではない。どんな大盤振る舞いをしたものか(と言って、それほど多額の所持金もなかったが)、ホテルに帰ってスッカラカンであったし、これまた高価ではないが、時計まで誰かに遣ってしまったようだった。

 

けれども、いいようにおだててきて知遇?を得た2~3人の現地の連中と入ったカレー屋だけは忘れない。まあ、正確にはカレー屋、ではなく、現地の食堂だったんだろうが。

 

とても言葉では説明できないほどの美味に一先ず絶句し、やおら興奮して使用しているスパイスやレシピを片言の英語で聞いたことは確かに覚えているが、そのアンサー、いや、店主も誤魔化さずに説明してくれた”様子”も記憶にあるが、ついぞその具体的内容は未だに思い出せない。

 

それでそこからの記憶はなく気付いた時にはホテルのベッド、という具合である。

所持金スッカラカンの、所々”装備”が外された状態でのホテルのベッド・・・。

 

これら出来事があって、特に(何故か)恐怖心などは感じなかったけれども、何しろ持ち合わせの関係で、(スピード的には)ホウホウの体で帰国した感じだから、あすこの通りを入って何軒目のあの店、というようには検証できていないが、何しろ通常の味覚を超えたカレーであったことは確かだ。

 

一回は確かに食って、確かにその味に陶酔したのは間違いないが、これらの経緯の為、ついぞそれから20数年経つ現在も、まだ再び見ぬ味わいのカレーとなっている。非日常の光景やバングラッシーに浮かされたと言えばそれまでなんだろうが、死ぬまでにまたあのカレーを味わいたいとも思うし、あのカレーが最高のカレーだったと今でも確信している。

(ここまで)

 

以上適当なことをほろ酔いで書いてみました。

文量的にはこんなんでいいでしょ。

パスポート持ってないし、海外旅行行ったことないし。

言うて今、カレー食いたい気分じゃないし。

 

ということで、また。